文献からたどる刺し子

刺し子ジャーナル

刺し子は、いつ、どこで始まったのでしょう。なぜ人は布を刺したのか。なぜ、傷んだ衣服を何度も直して使ったのか。寒い土地と暖かい土地では、着るものはどう違ったのか。針を持っていたのは、誰だったのか。

刺し子について調べ始めると、刺し子だけを見ていても分からないことが、次々と出てきました。布のこと。衣服のこと。木綿や麻などの素材のこと。仕事のこと。その土地の気候や暮らしのこと。刺し子を知ろうと思ったら、その技法や文様だけではなく、その時代の歴史的背景や、そこで暮らしていた人たちの営みまで知らなければ、本当の意味では語れないのではないか。そう感じたことが、この「刺し子ジャーナル」を始めた大きなきっかけです。

このジャーナルについて、少しだけ

この「刺し子ジャーナル」は、canohaが文献や研究資料を読みながら、気になったこと、分かったこと、そこから考えたことを少しずつまとめている個人の調査記録です。学術的な研究発表ではありませんし、「刺し子とはこうです」と一つの答えを決めるためのものでもありません。資料に書かれていること、研究者の考察、canoha自身の見解は、できるだけ分けながら書くようにしています。

今回、日本語版では歴史的な背景も含めてかなり詳しく書いています。これは、刺し子そのものだけではなく、その周りにあった衣服や素材、地域差、社会の状況、暮らしまで一緒に辿りたかったからです。同時に、私自身があとから振り返ったときに、「このとき、どの資料を読み、何を知り、どんなことを考えていたのか」が分かるようにしておきたいという気持ちもありました。読者に向けた記事であると同時に、私自身のための覚書のような役割も持たせています。

そのため、少し長く感じる回もあるかもしれません。でも、歴史的な背景まで含めて残しておくことで、あとから別の資料とつながったり、新しい疑問が生まれたりすることもあります。まだ調べている途中のことも多く、新しい資料に出会えば、考え方が変わることもあると思います。そんな過程も含めて、一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。

記事へのリンクやご紹介は歓迎しています。一方で、canohaが書いた文章や構成、解説、考察などを、そのまま転載したり、書き換えて別のコンテンツとして利用したりすることはご遠慮ください。引用される場合は、canoha/刺し子ジャーナルからの引用であることと、元の記事へのリンクを添えていただければと思います。詳しくは、このページ内の「著作権と内容の利用について」にまとめています。

私自身が、もっと知りたかった

canohaは、東京にある小さなショップ兼ワークショップです。2017年にスタートし、当初はアクセサリー講座を中心に行っていました。刺し子を教え始めたのは2018年です。刺し方や文様をお伝えすることはできます。でも、刺し子を教えていくほどに、「そもそも、なぜ人は布を刺してきたのだろう」「なぜこの土地に、このような刺し方が残ったのだろう」「私たちが今、刺し子と呼んでいる布の背景には、どんな暮らしがあったのだろう」と、その背景が気になるようになりました。刺し子を教えているのなら、ここは避けて通れない。そんな思いが少しずつ強くなっていきました。

刺し子は日本の中で育まれてきました。だからこそ、日本語で残された古い資料に戻り、自分自身でもう一度読んでみたいと思いました。日本で暮らしているから答えが分かる、ということではありません。むしろ、身近すぎるからこそ当たり前だと思って見過ごしてきたことや、日本にいるから気づいていなかったことも、たくさんあると思っています。だからこそ、改めて資料に戻る。自分の思い込みだけで語るのではなく、昔の人が残した記録や、これまで研究してきた方々の仕事を読みながら、一つずつ確かめてみたいと思いました。

そもそも、この調査を始めた一番の理由は、とても単純です。私が知りたかったから。 最初は、それだけでした。でも調べていくうちに、「これは私だけが知りたいことではないかもしれない」と思うようになりました。刺し子をしている方。昔の衣服や布が好きな方。お繕いやBOROに興味がある方。そして、「なぜ人はこんなにも布を大切に使ってきたのだろう」と感じる方。同じように知りたいと思っている人が、きっといる。それなら、調べたことを自分の中だけに置いておくのではなく、少しずつ共有していきたいと思いました。

まずは、このウェブサイトで。そしてInstagramでも。いつかある程度まとまったところで、小さな冊子のような形にもできたらいいなと思っています。

文献から、一つずつ辿ってみる

「刺し子ジャーナル|文献からたどる刺し子」は、古い文献や資料を読みながら、刺し子と、その背景にあった暮らしを少しずつ辿っていくシリーズです。一つの資料だけを読んで、「昔の日本ではこうだった」と決めることはしません。同じ日本でも、時代が違えば暮らしは違います。地域が違えば、手に入る布も違います。身分や仕事、家の経済状況によっても、着ていたものは違いました。

資料に実際に書かれていること。著者や研究者がそこから考察したこと。そして、複数の資料を重ねたうえでcanohaが考えたこと。できるだけ、この三つを分けながら読んでいきます。文献だけでは確認できないことや、現代の動き、海外でのSashiko、BORO、Visible Mendingなどについては、博物館、大学、公的機関、学術論文など、信頼性を確認できるウェブ上の情報も参照しています。

一冊読むと、分かることが増えます。でも不思議なもので、それと同時に新しい疑問も増えていきます。「あの資料も読んでみたい」「この時代のことを、もう少し知りたい」「これは誰かにも伝えたい」。読めば読むほど、知りたいことも、共有したいことも増えていきます。だから、この刺し子ジャーナルは、完成した答えを並べる場所ではありません。分からないことは、分からないままに。新しい資料が見つかれば、また考え直す。そんなふうに、「昔、今、これから」の刺し子を少しずつ辿っていきたいと思っています。

このジャーナルの調査とcanohaの見解について

刺し子ジャーナルは、学術機関による研究発表や、刺し子の「公式な歴史」ではありません。canohaが文献、研究書、博物館資料、学術論文などを読みながら進めている、個人の調査プロジェクトです。資料に書かれていることと、著者や研究者の解釈、canoha自身の考察や仮説は、できるだけ区別して記載しています。それでも、どの資料を選び、どう比較し、どのように読むかには、私自身の視点が含まれます。また、今後新しい資料が見つかれば、これまでの考えを見直すこともあります。

そのため、このジャーナルは**「これが刺し子についての唯一の正しい答えです」とお伝えするものではありません。** ひとつの調査と考察としてお読みいただき、さらに知りたいことについては、掲載している参考資料や、ほかの資料とも照らし合わせながら、それぞれに考えていただければと思います。

第一弾|布をめぐる10の問い

最初のシリーズでは、「刺し子とは何か」をいきなり説明するのではなく、布と衣服をめぐる10の問いから始めました。
第1回|その布は、なぜ捨てられなかったのか。

布を一枚手に入れることが、今よりずっと大変だった時代。人々は、傷んだ布をなぜ何度も使い続けたのでしょう。

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第2回|お繕いは、破れる前から始まっていた。

穴が開いてから直す。それがお繕いだと思っていました。ところが1927年の裁縫技術書を読むと、布が薄くなった段階から手を入れる方法が記されています。

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第3回|着られなくなった服は、次に何になったのか。

一着の服は、着られなくなったら終わりだったのでしょうか。ほどき、仕立て直し、別の衣服へ。さらに寝具や生活用品へ。布の「その後」を辿ります。

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第4回|針を持っていたのは、誰だったのか。

衣服を縫い、繕い、布を使い回す。その仕事をしていたのは誰だったのでしょう。家庭の中の仕事、女性の仕事、子どもの仕事から考えます。

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第5回|寒い土地では、布をどう重ねたのか。

布を重ねることには、補強だけではなく、寒さから身を守るという役割もありました。雪国に残された衣服から、布を重ねる理由を見ていきます。

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第6回|同じ日本でも、着られるものは同じではなかった。

木綿が広がったからといって、全国の人が同じように木綿を着られたわけではありません。土地によって違った素材、流通、暮らしを辿ります。

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第7回|私たちは何を刺し子と呼んでいるのか。

「刺し子」という名称がいつ生まれたのかと、人が布を刺し、重ね、補強してきた歴史は同じなのでしょうか。名前と技術を分けて考えてみます。

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第8回|繕うだけなら、文様はいらないはずだった。

補強するだけなら、まっすぐ縫えば十分なはずです。それなのに、なぜ布には文様が刺されるようになったのでしょう。

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第9回|服は、いつから「直すもの」ではなく「買うもの」になったのか。

かつては繕いながら着ていた衣服が、いつしか傷んだら買い替えるものになりました。その間に、私たちの衣生活には何が起きたのでしょう。

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第10回|そして今、なぜ私たちはまた刺しているのか。

布が足りないわけではない今、Visible Mendingやお繕いが再び注目されています。そこには、昔とは違う「直す理由」があるようです。

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調査に使用している資料

このシリーズで調査に使用している主な文献は、参考文献一覧にまとめています。

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このシリーズは、ここで終わりではありません。これからも資料を読み、疑問が生まれれば調べ、分かったことが増えれば、またここで共有していきます。

英語版について

刺し子ジャーナルには英語版もありますが、日本語版をそのまま翻訳したものではありません。 日本語版では、刺し子そのものだけではなく、その背景にある衣服、素材、地域差、社会の状況、その時代に暮らした人たちの生活まで、比較的詳しく説明しています。日本で育まれてきた刺し子を考えるうえで、その歴史的背景を切り離したくなかったからです。

一方、英語版では、海外の方に中心となる問いや考えが伝わりやすいよう、内容をよりコンパクトに再編集しています。日本史の制度や用語、細かな背景をすべて説明すると、かえって記事の主旨が見えにくくなることがあると考えたためです。そのため、日本語版と英語版では、文章の長さだけではなく、重点を置く場所や歴史的背景の説明量も異なります。

著作権と内容の利用について

刺し子ジャーナルに掲載している、canoha独自の文章、翻訳、構成、解説、資料の選択・整理、考察等は、特記のない限りcanohaが制作したオリジナルコンテンツです。

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