刺し子について

その背景にある暮らしと歴史を知りたくて

刺し子は、布にひと針ひと針、糸を刺していく日本の手仕事です。
地域や時代によって、布を丈夫にすること、寒さをしのぐこと、傷んだところを補修することなど、さまざまな役割を持ってきました。
そして、針目を重ねていくことで生まれる美しい文様も、刺し子の大きな魅力です。

現在では、ふきんや小物、衣服などに文様を刺し、手仕事そのものを楽しむものとしても広く親しまれています。
けれど、少し昔へ目を向けてみると、刺し子は今とは違う暮らしの中にありました。

刺し子について

暮らしの中にあった刺し子

今のように、布や衣服を簡単に買うことのできなかった時代。

その土地でどんな素材が手に入ったのか。
どんな仕事をしていたのか。
どれほど寒い地域だったのか。

そうした暮らしの違いは、衣服にも深く関わっていました。
残された資料を見ると、布を重ねて補強した衣服、傷んだ部分を何度も繕った仕事着、古い衣服を別の用途へ使い直した寝具など、布を最後まで使おうとしたさまざまな工夫を見ることができます。

たとえば『図説 みちのくの古布の世界』には、衣服として使われていた布が、寝具やこたつ掛けなどへと姿を変えながら再利用された実例も残されています。

参考:田中忠三郎『図説 みちのくの古布の世界』河出書房新社、2009年

刺し子もまた、地域や時代によって、補強、保温、補修、そして装飾など、さまざまな役割を持ってきました。
だから刺し子を知ろうとすると、刺し方や文様だけではなく、その時代の衣服や素材、そして人々の暮らしへと目が向いていきます。

刺し子を知りたくて

canohaで刺し子のワークショップを続ける中で、私自身にも少しずつ「なぜ?」が増えていきました。

刺し子は、いつからあるのだろう。
昔の人は、どんな布を使っていたのだろう。
木綿がまだ身近ではなかった頃、人々は何を着ていたのだろう。
なぜ地域によって、刺し方や衣服の形が違うのだろう。

刺し子の歴史

そして、
私は刺し子をお伝えしているけれど、その背景について、どこまで本当に理解しているのだろう。

そんなことも考えるようになりました。
刺し子を教える立場として、技法や文様だけではなく、その背景にあることも知っておきたい。ここは避けて通れないのではないか。そう思い、文献や資料を読み始めました。すると、刺し子だけを見ていても分からないことが、たくさんあることに気づきました。

木綿がどのように広まったのか。
その前にはどんな布が使われていたのか。
人々はどんな仕事をし、どんな衣服を着ていたのか。
傷んだ衣服をどのように直し、その後どう使ったのか。

刺し子は、その時代の歴史と、そこに生きた人たちの暮らしを切り離して考えることはできないのではないか。そう思うようになりました。

以前は私自身も、「刺し子はいつ、どこで始まったのか」という答えを知りたいと思っていました。けれど資料を読み進めるほど、その歴史は一つの簡単な物語ではないことも見えてきました。人は古くから、布を重ね、縫い、補強し、つなぎ、使い続けてきました。その技術が、いつ、どこから現在私たちが「刺し子」と呼ぶものにつながっていったのか。古い衣生活を伝える記録はあっても、それだけをもって、そのつながりや起源を簡単に断定することはできません。

だから今は、急いで答えを出すよりも、まず一つひとつ確かめながら知っていきたいと思っています。

文献から、刺し子をたどる

インターネットには、刺し子についてたくさんの情報があります。
もちろん私自身も、日々その恩恵を受けています。
それでも、これから作る読み物では、できるだけ本や古い文献、残された資料を出発点にしたいと考えています。

過去の暮らしを記録した資料の中には、現地へ足を運び、人に話を聞き、実物を調べ、それらを記録したものもあります。
一方で、本に書かれていることがすべてそのまま事実とは限りません。
著者自身の記憶や考え、聞き取り、研究者としての解釈が含まれているものもあります。だからこそ、

誰が、いつ、何を見て、何を聞き、どのように記録したのか。

そこまでできるだけ遡りながら読んでみたいと思っています。

そしてもう一つ。
私は日本人です。
日本で育まれてきた刺し子を、日本人である私自身が古い資料を読みながら辿ってみることにも、意味があるのではないかと感じています。
もちろん、日本人だから分かる、ということではありません。むしろ、日本で生まれ、日本で暮らしていながら、日本の文化や手仕事、衣服の歴史について、知らないことがたくさんあると気づきました。

海外の方に刺し子をお伝えする機会が増えるほど、「私は、日本の刺し子をどこまで自分の言葉で説明できるだろう。」そう考えるようにもなりました。誰かがまとめた説明をそのまま繰り返すのではなく、自分で資料を読み、確かめながら理解していきたい。そもそも、私自身がもっと知りたかった。
そこから始めたのが、

刺し子ジャーナル|文献からたどる刺し子

です。
刺し子だけではなく、布、衣服、木綿や麻、仕事、地域、そして人々の暮らし。古い文献や資料を読みながら、一つずつ辿っていきます。文献を読めば読むほど、分かることが増えます。

そして同じくらい、新しく知りたいことも増えていきます。

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