刺し子ジャーナル|文献からたどる刺し子
第一弾|布をめぐる10の問い

第10回|そして今、なぜ私たちはまた刺しているのか。

※今回は「現代」の刺し子とお繕いを扱います。これまでの回のように古い文献だけを中心に辿ることができないため、2018年以降canohaで刺し子を教えるなかで、私自身が実際に見聞きしてきたことを一つの軸にしています。一方、BOROやVisible Mendingが海外でどのように紹介されてきたのか、現在の衣服を取り巻く状況などについては、博物館、大学、学術論文、公的機関など、インターネット上で確認できる資料も参照しました。私自身の体験や記憶と、外部資料から確認できる事実は、できるだけ分けながら書いていきます。

「BOROって知ってる?」

2018年、私はcanohaで刺し子を教え始めました。同じ頃、海外からのご受講者さまの受け入れも始めました。当時ご用意していたのは、日本の方にも海外の方にも同じ「刺し子ふきん」の講座のみでした。

ところが、海外から来る方たちと話していると、何度も聞かれる言葉がありました。「BOROって知ってる?」「BOROの作り方を教えてくれる?」「BOROはどこで買える?」

……BORO?

その頃の私は「BORO」が何を指しているのか、よく分かっていませんでした。日本語の「ぼろ」と聞いて最初に頭に浮かんだのは、小学生の頃に使っていた雑巾です。使い古したタオルを四つ折りにして、なみ縫いをして作った、新学期に毎回持っていくあの雑巾。授業が終わったあとの教室のお掃除に使い、一年もすると擦り切れて灰色になっていく。はい、あのボロボロの「ボロ雑巾」です。

その印象が頭にあるので、海外の方から「BOROっていけてるよね」と言われても、いまひとつピンときませんでした。しかも不思議だったのは、その方たちは刺し子に興味を持ってcanohaへ来ているのに、必ずしも「刺し子ふきんを作りたい」わけではなかったことです。というか、ふきんが目的ではないのです。

では、彼らは刺し子の何を見ていたのでしょう。

「BORO」と「襤褸」は、同じもの?

ここで今なら、「BORO」という言葉について少し説明できます。

日本語の「ぼろ」は、漢字では「襤褸」と書きます。辞書を引くと、「使い古しの布」「着古して破れた衣服」「つぎだらけの衣服」などの意味が出てきます。「襤褸(らんる)」と読めば、破れた衣服やぼろきれを意味します。また、「ぼろ」という言葉そのものは、物が破れている様子を表す「ぼろぼろ」から出た語とされています。
では、海外で使われている「BORO」は、その「襤褸」をローマ字にしただけなのでしょうか。どうも、少し違うようです。

英国のVictoria and Albert Museum(V&A)は「boro」を、もともとある衣服や寝具などの布を、継ぎ合わせたり、当て布をしたり、縫ったりしながら直し、さらに使い続ける日本の実践として説明しています。

ここで、身近な例に置き換えて考えてみます。日本語なら、着古して穴の開いたTシャツも、擦り切れたタオルも、使い込んだ雑巾も「ぼろ」と言うことができます。つまり「ぼろ」は、その物が古くなり、傷み、使い込まれた状態を表す日常的な言葉でもあります。

一方、海外の博物館やデザインの世界で「BORO」と紹介されているものを見ると、単に古くて破れた布なら何でもBOROと呼んでいるわけではありません。古い日本の衣服や蒲団地などに、布を重ね、当て、縫い、また傷めばさらに直す。そうして長い時間をかけて何度も手が入った布が、一つのまとまりとして「BORO」と呼ばれています。

たとえば、一枚の古いタオルを見て、日本なら「もうぼろぼろだね」と言うことができます。でも、それをそのまま海外の博物館へ持っていって「Japanese BOROです」と言えるかというと、そういうことではない。

日本語の「襤褸・ぼろ」は、古びたり傷んだりした物の状態を表す広い言葉。それに対して現在海外で使われる「BORO」は、日本の古い衣生活の中で、布を継ぎ、重ね、補修しながら使い続けた痕跡を持つ布を指す、ある種の名称やカテゴリーのような使われ方をしているのだと思います。

ですから、もともとの言葉は日本語の「ぼろ・襤褸」につながっていても、日本で「ぼろ」と言ったときに思い浮かべるものと、海外で「BORO」と言ったときに思い浮かべられるものは、今では少し違っている。

ここが面白いところです。

では、なぜ私は2018年まで、その「BORO」をほとんど知らなかったのでしょう。その話をするために、少し時間を戻します。

私が刺し子を始めた理由

私は小さい頃から、ものづくりが好きでした。アクセサリーを作ったり、棒針とかぎ針の両方で編み物をしたり、スカートを作ったり、お菓子を作ったり。今振り返ってみても、結構いろいろなことに手を出しています。

2010年頃、仕事でかなりストレスを抱えていた時期がありました。何かに没頭できる時間が欲しい。そんなときに出会ったのが、さをり織りです。さをり織りは、城みさをさんが始めた、織り手が自分の感覚で糸や色を選び、自由に織る手織りです。私も好きな色や素材の糸を組み合わせ、ただ淡々と織っていく時間がとても心地よく、三年ほどすると織り機まで購入して、自宅でも楽しむようになりました。

そして2017年3月、canohaをスタートしました。当初のワークショップはアクセサリー教室だけです。2018年頃、もう一つ何か手仕事の講座を加えたいと思い、最初に試したのが刺繍でした。

ところが刺繍の本を開くと、20を超えるようなさまざまなステッチがあります。線やエリアによって色を変えたり、線の表情を変えるために糸の本数を変えたり。もちろん、そこが刺繍の面白さでもあります。でも、その頃の私が求めていた「黙々と手を動かす」という感じとは、少し違いました。

そんな頃、ふとメディアで「刺し子」という言葉を見聞きしました。有名な芸能人が、撮影の待ち時間に刺し子ふきんを刺している、というような話だったと記憶しています。そういえば、刺し子。小学校の家庭科で少しやったような気がする。でも、それ以降は存在をすっかり忘れていました。

ほとんど初めて触れるような気持ちで、オリムパスさんの「菊の花」の刺し子ふきんキットを買いました。これが、なかなかの無謀な選択でした。一目刺しに、合太の刺し子糸です。一目刺しは初めての方には少しハードルが高く、今の私ならもっと細い糸からおすすめします。ところが、そんなことは何も知らないまま始めました。

案の定、出来上がったものは無残でした。刺し順はバラバラ、裏はぐちゃぐちゃ、布はヨレヨレ。それでも、よく根気よく最後まで刺し切ったと思います。そして、そのふきんを見ながら最初に思ったのが、「刺し子ふきんの裏を、表のようにきれいに仕立てたい」でした。

刺し子の歴史を知りたい、ではありません。お繕いをしたい、でもありません。BOROなんて、もちろん知りません。ただ、きれいに刺したかったのです。

ところが、説明書や刺し子の手芸本を読んでも、当時の私にはさっぱり理解できませんでした。刺し子の経験を積んだ今なら「ああ、これはこういう意味だったのね」と分かることも、その頃はまったく分かりません。それなら教室で習おうとGoogleなどで探しましたが、東京から通える範囲では横浜のカルチャースクールや多摩方面に教室があったものの、日程が合いません。東北地方にもいくつか教室がありましたが、月に一、二回通うような形式です。その頃のcanohaは営業日を決めて店を開けていたので、遠方へ定期的に習いに行くことは難しい状況でした。

そんなとき、Instagramで見つけたのがhakoさんでした。

hakoさんこと吉村葉子さんは、高校で和裁を学び、2015年に刺し子教室を開校された方です。久留米市の2024年の講座案内では、久留米と佐賀で「刺し子hako」を運営しながら、雑誌などの作品協力も行っていると紹介されています。

同じように教室をしている人から「習いたい」と言われることを歓迎しない方もいるのではないか、という不安が私にはありました。そこで、まずDMで自分がcanohaという店をしていることをお伝えし、それでも受講させてもらえないでしょうか、とお願いしました。快く受け入れてくださいました。感謝しかありません。

私は九州まで足を運び、プライベートレッスンを開いていただきました。それまで疑問に思っていたことを全部質問し、新しいことにも挑戦させていただき、大きな学びを得ることができました。数年後には今度はhakoさんに東京へ来ていただき、canohaで刺し子講座を開催したこともあります。今でも楽しい思い出です。

当時すでにhakoさんはいくつかの刺し子手芸本でデザイン協力をされていました。私の記憶では、この頃から手芸店でも下絵の入った刺し子ふきんを以前より多く見かけるようになり、手芸好きの方の間で「刺し子」という言葉をちらほら耳にするようになっていました。

私が日本で見ていた「刺し子」

2010年代半ばから後半頃の日本を思い出すと、私の中では刺し子と「ていねいな暮らし」のような空気が、どこか近いところにありました。

『天然生活』『暮しの手帖』『リンネル』『&Premium』、ウェブではキナリノ。この名前を並べると、「あぁ、あんな感じね」とイメージできる方も多いのではないでしょうか(笑)。芸能人では、当時、宮崎あおいさんや波瑠さんのお名前をそうした文脈で耳にした記憶もあります。もちろん、これは当時の私が感じていた空気です。

刺し子で作るものの代表は、今も変わらず刺し子ふきんでした。自分で刺したふきんを台所で使う。それ以外にも、コースター、鍋つかみ、ランチョンマット、ブックカバー、針山、ブローチ、ポーチ、巾着などなど。暮らしの中で使う小さなものを刺し子で作る手芸本が、2015年前後から目につくようになった、というのが私自身の記憶です。

一方、その頃の私は、日本の方との会話や日常的に目にするメディアの中で、「お繕い」「補修」「Visible Mending」「mending」といった言葉をほとんど意識していませんでした。というか、見かけたことがなかったように思います。

かろうじて知っていたのが「ダーニング」です。ただ、それも私の中では、ダーニングマッシュルームを使い、毛糸で靴下の穴を直すようなイメージでした。

ですから、2018年に刺し子を教え始めた私は、刺し子を「ふきんや小物を作る手芸」として見ていたのだと思います。ところが、同じ頃、海外からcanohaへ来た方たちは、どうも違うところから刺し子を見ていました。

同じ「刺し子」なのに、見ているものが違った

海外からのご受講者さまも、ほとんどの方が刺し子そのものには興味を持っていました。でも、話を聞いていくと、ふきんを作ることだけが目的ではありません。というか、ふきんが目的ではないのです。

彼らが「BORO」と呼んでいたもののイメージも、一つではありませんでした。昔の東北地方などで、布を重ね、傷めばさらに布を当て、補修を繰り返しながら使われた古い衣類を思い浮かべている方もいました。一方では、穴の開いたデニムジーンズに布を当て、一目刺しのような針目やなみ縫いを加えたものを「Sashiko」「BORO」として捉えている方もいました。なかには、文様ではなく、ただなみ縫いで見えるように補修されたものをイメージしている方もいます。

つまり、私が「刺し子ふきん」を見ていた頃、彼らの視線は「古い布」「補修」「デニム」「repair」の方へ向いていました。

さらに驚いたのは、もともと手芸をしていた人だけではなかったことです。日本では、少なくとも私の周りでは「手芸が好きだから刺し子もやってみる」という流れが自然に感じられました。ところが海外から来た方の中には、それまでほとんど針を持ったことがないのに、Sashikoをやってみたいという方も少なくありませんでした。

ご受講者さまと話した私自身の記憶では、早い方では「2015年頃からSashikoを知っていた」という話もありました。また、補修に使うSashikoがすでに流行っている、と話す方もいました。

なぜなのでしょう。

同じ時期に、同じ「刺し子」という言葉を使っているのに、日本にいた私と海外から来た人たちでは、その入口がずいぶん違っていたのです。

そこで今回、当時海外では何が起きていたのかを少し調べてみました。

では、その頃の海外では何が起きていたのか

調べてみると、私が海外からのご受講者さまを受け入れ始めるより前に、すでにヨーロッパでは「BORO」を紹介する展覧会が開かれていました。

2013年、フランスのデザイン・建築研究施設Domaine de Boisbuchetで「BORO – THE FABRIC OF LIFE」という展覧会が開催されています。そこでは、1850年から1950年頃に日本で作られたとされる、繰り返し補修された蒲団カバー、着物、仕事着、生活布など約50点が展示されました。その多くは、ニューヨークを拠点とするギャラリストStephen Szczepanekの個人コレクションです。

この展覧会には、日本人も関わっていました。公式クレジットでは、日本人キュレーターのAyako Kamozawa(鴨沢綾子)さんが「Initiative」、つまり企画の発案者として記されています。Kamozawaさんは、この展覧会以前にもBoisbuchetで日本の生活道具を紹介する展覧会「Naked Shapes」のテーマ構成と企画を担当しており、日本の生活文化やデザインを海外へ紹介する仕事に携わっていたことが確認できます。(Boisbuchet「Naked Shapes」)

また、貸出者には川崎啓さん四釜尚人さんの名前があります。

川崎啓さんは、京都の「ギャラリー啓」で、苧麻、大麻、藤など植物の繊維から作られた古い「自然布」や骨董を扱っていた方です。もともとは革工芸作家でしたが、素材として古布に出会ったことをきっかけに、日本の古い布の研究・蒐集へと活動を移していきました。木綿が広く使われる以前、日本ではどのような布が作られ、使われていたのかという視点から、自然布や庶民の暮らしに関わる古布を長年紹介してきた人物です。(クウネル「自然布と骨董を扱う『ギャラリー啓』」)

四釜尚人さんは、しかまファインアーツ代表、京都民藝協会理事。大学卒業後に英国で美術を学び、アンティークのバイヤーなどを経て、京都で民藝を軸としたギャラリーを開設しました。初期民藝運動の資料や、バーナード・リーチを軸とした日本と英国の作家作品などを扱い、染織や工芸についても研究・紹介を続けています。(クウネル「京都旅/後編」)

ただし、Boisbuchetの公式資料で確認できるのは、川崎さんと四釜さんがこの展覧会のLenders(貸出者)だったというところまでです。どの作品をそれぞれが貸し出したのか、企画や作品選定にどこまで関わったのかまでは、今のところ確認できていません。

つまり、単純に「海外の人が日本のぼろを発見した」という話でもないようです。日本の古布を研究し、集め、伝えてきた人たちと、海外のコレクターやキュレーターが関わりながら、「BORO」が海外で紹介されていった。その経路そのものも、もう少し調べる必要がありそうです。

この展覧会はその後巡回し、2015年にはドイツ・ケルンの東アジア美術館でも開催されています。日本でも2016年、神戸ファッション美術館が「BORO(ぼろ)の美学―野良着と現代ファッション」を開催しました。同館は当時すでに「BORO」が世界でも通じる言葉になり、海外のファッション界からも注目されていると説明しています。

2018年の私が知らなかった「BORO」を、海外から来た方たちが知っていたことも、こうして辿っていくと少し不思議ではなくなってきます。私が日本で刺し子ふきんを刺し始める少し前から、日本の古い補修布は海を渡り、「BORO」という名前で展示され、衣生活の資料としてだけではなく、デザインや造形の側からも見られるようになっていたのです。

Visible Mendingという言葉も、すでにあった

もう一つ、興味深い人物がいます。

Tom van Deijnen。オランダ出身で英国ブライトンを拠点に活動していた、独学のテキスタイル実践者・ニッターです。「Tom of Holland」という名前で活動し、伝統的な編み物やダーニングの技術を使いながら、衣服と着る人との関係を考えていました。

2013年8月、英国のCampaign for Woolが彼へのインタビューを掲載しています。そこでTomは、自分は補修した場所を隠すのではなく、むしろ見えるようにすることを楽しんでいると話し、その活動を「Visible Mending Programme」と名付けていました。ブログを書き、補修の依頼を受け、ワークショップを開きながら、お繕いの考え方や技術を伝えていたのです。

特に私が面白いと思ったのは、彼が補修について、単に穴を塞ぐ話をしていないことです。どこでその服を手に入れたのか、どんなときに着ていたのか、なぜ直したいのか。補修した跡そのものが、その服の履歴を残していくと考えていました。

canohaで私が海外の方を受け入れ始める5年前、2013年には、英国で「Visible Mending」という言葉を使い、直した跡を見せることを楽しむ活動がすでに発信されていたことになります。

でも、ここでひとつ気になりました。では、「直したところを、あえてきれいに見せる」という発想そのものも、2010年代になって海外で生まれたのでしょうか。

調べてみると、そう単純でもありませんでした。

2023年に発表された小林裕子氏・永田智子氏・鈴木千春氏の研究では、1958年から現在までの日本の家庭科学習指導要領と教科書が調べられています。その中では、1960年代の小学校教科書に布の弱った部分や穴の繕い方が掲載され、1967年にはアップリケを利用した繕い、1970年からは「飾りに見える」ようにデザインや装飾の効果を持たせた補修も登場していたことが確認されています。

一方、その研究では、1958年の小学校学習指導要領にあった「つくろい」の記述が1977年以降確認できなくなり、1979年以降の小学校教科書からも「つくろい」の記述が見られなくなったと整理されています。私自身、小学校の家庭科で針を持ち、ボタンの付け方やミシンの使い方などを習った記憶はありますが、お繕いの方法を習った記憶はありません。

つまり、「補修を美しく見せる」という考え方は日本にも以前からあった。一方で、服を家庭で直すこと自体は、少しずつ私たちの日常から遠ざかっていった。

そんなふうにも見えてきます。

服を、直さなくても困らない時代へ

第1回から古い資料を追ってきて何度も出会ったのは、布を簡単には手に入れられない暮らしでした。布を作るにも時間がかかり、木綿を自分たちの土地で十分に作れない地域もありました。古着でさえ遠くから運び、傷めば補強し、着られなくなれば別のものへ作り替える。布を長く使うことには、暮らしの中で切実な理由がありました。

それに対して今は、ずいぶん簡単に服を買えるようになりました。ファストファッションが広がり、流行の服を低価格で手に入れることも珍しくありません。傷んだら直すのではなく、「そろそろ新しいものを買おう」と考えることもできます。

ここは私自身、以前から気になっているところです。昔の服や、きちんと仕立てられた古い衣服に触れていると、「この生地、しっかりしているな」と感じることがあります。その一方で、今の低価格のお洋服には、生地や仕立てが心許ないと感じるものもあります。

ただ、これは価格だけで簡単に決められる話ではありません。昔の生地と今の生地では、本当に耐久性が違うのか。素材なのか、糸の太さや織りの密度なのか、縫製なのか。それとも、昔の服の中でも品質の良かったものが現在まで残っているために、そう感じる部分があるのか。
ここは、まだ調べる余地があります。

でも少なくとも、新しい服を簡単に買えるようになったことで、「傷んだ服を直して使い続けなければならない」という必要性は、以前より小さくなりました。

では、直さなくても困らない時代になったのに、なぜ今また「直す」が注目されているのでしょう。

今は、布が足りないわけではない

環境省が公表している令和7年度の調査では、一人あたり年間平均で約19枚の服を購入し、約11枚を手放す一方、一年間一度も着ない服が約24枚あるとされています。また、家庭にある衣類のうち45%が使われずにしまい込まれているという推計も示されています。

布が足りないのではありません。むしろ、服がたくさんあるのに、着られないまま残っている。

そして2026年3月、環境省は「サステナブルファッションの推進に向けたアクションプラン」を策定しました。家庭から廃棄される衣類を2030年度までに2020年度比で25%削減することを目標とし、「使えるものは長く使う」という方向性の中で、衣服が壊れた際には自分でリペアする、あるいはリペアサービスを利用することも、私たちにできる行動として挙げています。

ここまで辿ると、少し不思議な感じがします。

かつては、布が簡単には手に入らなかったから直した。やがて服を買うことが当たり前になり、「直す」は暮らしの中心から少しずつ遠ざかっていった。そして服がありすぎる時代になった今、もう一度「直して長く着る」ことが求められている。

同じ「直す」でも、理由はずいぶん違います。なんだか複雑な心境です。

それでも、直して着たい服がある

ここからはcanohaとしての考察です。

今のVisible Mendingやお繕いを見ていると、私は、環境のためだけに人が服を直しているわけではないと感じます。いや。環境のためにお繕いをしている人はごく少数と感じます。
たとえば、昔自分が着ていた服。母が着ていた服。そこに思い出があれば、新しい服を一枚買えば済むという話ではありません。もう同じものは売っていないかもしれませんし、同じ布、同じ仕立てのものをもう一度手に入れることもできません。

そして、品質の良い生地や、丁寧に仕立てられた洋服。多少傷んだからといって手放すのではなく、直しながら末長く愛用したい。私にとって、お繕いの目的の一つはそこにもあります。

大切な人が着ていたから。この布が好きだから。着心地がいいから。仕立てがいいから。今ではなかなか見つからないものだから。もう少し、この服と一緒にいたいから。そんな理由で針を持つことも、今のお繕いにはあるのではないでしょうか。

もちろん、穴を隠すのではなく、そこに違う色の糸を入れることが楽しい人もいます。人とは違う一着にしたい人もいるでしょう。そして、私自身のように、ただ黙々と針を動かす時間が好きな人もいると思います。

思えば、私が刺し子を始めた理由も、布が足りなかったからではありませんでした。仕事でストレスを抱え、何かに没頭したくて手織りに出会い、やがてcanohaを始め、もう一つ手仕事の講座を増やしたくて刺繍を試し、それでも自分が求めていた感覚とは少し違って、最後に刺し子へ辿り着いたのです。

その最初の一枚は、刺し順も裏側もぐちゃぐちゃで、布までヨレヨレでした。それでも、「もっときれいに刺したい」と思った。その気持ちから九州まで習いに行き、刺し子を教えるようになり、海外から来る方たちに「BOROって知ってる?」と聞かれました。

そして今、古い文献を読みながら、「そもそも、なぜ人は布を刺してきたのだろう」と考えています。ずいぶん遠くまで来ました(笑)。

日本で「ふきん」を見ていた私と、海外で「BORO」を見ていた人たち

私自身の体験を振り返ると、2018年頃、日本で私が見ていた刺し子と、海外から来た方たちが見ていたSashikoには、やはり違いがあったように思います。私は刺し子ふきんから入りました。一方、海外から来た方たちの中には、BOROやrepair、デニムのお繕いを入口にしてSashikoを知った人がいました。

その経験から私は長い間、現在世界的に広がっているVisible Mendingの大きな流れは、日本から発信されたというより、海外側から強く発信されたものなのではないかと感じています。ただ、これは今のところcanohaの体験から生まれた仮説です。

今回少し調べてみただけでも、話はそれほど単純ではないことが分かってきました。日本には以前から補修と装飾が重なる針仕事があり、1970年代の家庭科教科書にも装飾効果を持たせた繕いがありました。その一方、2010年代のヨーロッパでは、日本の古い補修布が「BORO」として展示され、英国では「Visible Mending」という言葉を使って、衣服の補修をあえて見せる活動が発信されていました。

そこには、日本の古い布が海外へ渡り、別の視点から見つめられたこともあれば、大量生産や大量消費、ファストファッションへの疑問もあったのでしょう。デニムやファッションとのつながりもあります。そしてインターネットやSNSによって、国を越えて手仕事の画像や情報が行き交うようになったことも無関係ではなさそうです。

いくつもの流れが重なりながら、今のSashiko、BORO、Visible Mendingがある。でも、その関係を私はまだ一言では説明できません。

なぜ、日本の「襤褸」が海外で「BORO」という一つのカテゴリーのように見られるようになったのか。なぜ、そのBOROと刺し子が近いものとして語られるようになったのか。そして、なぜ刺し子を知らなかった人、針さえほとんど持ったことのなかった人までが、そこに惹かれたのか。

2018年、canohaの小さな教室で何度も聞いた「BOROって知ってる?」という質問。今こうして資料を調べ始めても、私にはまだ「BOROとはこういうものです」と迷わず説明できるほど、分かったとは言えません。

むしろ、調べてみたことで新しい疑問が増えました。

そもそも「BORO」とは何なのか。日本で使われてきた「襤褸」という言葉と、海外で語られる「BORO」は、いつ、どこで少し違うものになっていったのか。そして、それが現代のSashikoやVisible Mendingと、どのようにつながっていったのか。

この刺し子ジャーナルを通して、もう少し追いかけてみたいと思います。

参考資料・リンク

1. 小学館『デジタル大辞泉』・『精選版 日本国語大辞典』「襤褸」
コトバンク「襤褸」

2. Victoria and Albert Museum, “Make your own: Japanese ‘Boro’ bag”
V&A「Japanese Boro」

3. 手織適塾SAORI「さをり織りとは」
手織適塾SAORI「さをり織りとは」

4. 久留米市三潴生涯学習センター「hako先生のかわいいさしこ」講師紹介
久留米市「hako先生のかわいいさしこ」

5. Domaine de Boisbuchet, “BORO – THE FABRIC OF LIFE”, 2013
Domaine de Boisbuchet「BORO – THE FABRIC OF LIFE」

6. Domaine de Boisbuchet, “Naked Shapes” — Ayako Kamozawa氏によるテーマ構成・企画
Domaine de Boisbuchet「Naked Shapes」

7. クウネルWeb「ユキ・パリスさんの京都アンティーク案内。“もの”の真髄に触れられる場所『ギャラリー啓』」
クウネルWeb「ギャラリー啓」

8. クウネルWeb「英国風の洋館で民藝コレクションを眺め、名作に囲まれてしゃぶしゃぶをいただく至福。」
クウネルWeb「四釜尚人さん」

9. Campaign for Wool, “A Q&A WITH TOM OF HOLLAND”, 30 August 2013
Campaign for Wool「A Q&A WITH TOM OF HOLLAND」

10. 小林裕子・永田智子・鈴木千春「小・中学校家庭科における『つくろい』『ほころび直し』の変遷」『日本家庭科教育学会誌』66巻1号、2023年
J-STAGE 論文ページ

11. Laitala et al., “Is Price an Indicator of Garment Durability and Longevity?”, Sustainability, 2020
論文「Is Price an Indicator of Garment Durability and Longevity?」

12. European Commission, “EU Strategy for Sustainable and Circular Textiles”
European Commission「Textiles Strategy」

13. WRAP, “Extending Product Lifetimes: WRAP’s Work on Clothing Durability”
WRAP「Clothing Durability」

14. 環境省「サステナブルファッションとは」
環境省「サステナブルファッションとは」

15. 環境省「サステナブルファッションの推進に向けたアクションプラン」2026年3月24日
環境省「サステナブルファッションの推進に向けたアクションプラン」

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